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東京地方裁判所 平成5年(ワ)5655号 判決

原告

フィリップ、モリス、プロダクツ、インコーポレーテッド

右代表者

ロバート、ジェイ、エック

右訴訟代理人弁護士

小池恒明

右輔佐人弁理士

浅村皓

岩井秀生

被告

日興ファイブ・イー株式会社

右代表者代表取締役

相川新太郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙被告標章目録記載1ないし3の各標章(以下、それぞれを「被告標章1」、「被告標章2」、「被告標章3」という。また、これらを総称して「被告標章」という。)を商品「デカール」(転写紙)に表示して販売してはならない。

2  被告は、前項の標章を表示した商品「デカール」(転写紙)を廃棄せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、アメリカ合衆国の法人で、タバコメーカーとして世界的に周知されており、またタバコ以外にも自動車レース、レースチーム、ドライバーのスポンサーとしてそれらに関連する各種商品も取り扱っている会社である。

(二) 被告は、玩具の企画、製作、製造販売等を目的とする会社である。

2  原告登録商標

原告は、別紙商標目録記載(一)ないし(三)の商標(以下、それぞれを「原告商標(一)」、「原告商標(二)」、「原告商標(三)」という。これらを総称して「原告商標」という。)の商標権者である。

原告は、永年世界各国で、原告商標を主にタバコに、また、スポンサーとしてレース用車両に付して使用した結果、原告商標は世界的に著名な商標となっており、日本国内においてもタバコの商標及びレース用車両のスポンサーに関する商標として取引者、需要者間に周知されるに至っている。

3  被告による被告標章の商標としての使用

被告は、被告標章を商品「デカール」(転写紙)(以下「被告商品」という。)に印刷し、購入者がプラスチック製モデルカー(F1カー)に貼付して使用できる態様で販売している。

被告商品における被告標章を含む標章使用の態様をより具体的に述べると、被告商品は、原告の登録商標「Marlboro」を初め、その他の著名商標で本物のF1カーのボディ、ウイング等に表示されているものと同一の標章を、一枚の転写紙の上に多数、それらと全く同一の態様で印刷してなるものである。被告商品の購入者は、被告商品上の各標章のうち必要なものを取り外してプラスチックのモデルキットの車体に貼付し、本物のF1カーと同一の外形を作出するのである。したがって、被告商品上に印刷された標章は本物のF1カーに表示された商標と同一でなければ意味がなく、また、そのように同一標章が付されているから被告商品の商品価値が生じるものである。

このような被告商品における被告標章の使用の態様は、通常の商標の使用とはやや異なるものであっても、なお商標としての使用として評価してさしつかえない。

被告は被告標章を含む被告商品上の標章を模様といっているが、それが単なる模様であれば被告商品は全く価値がなく、到底商品とはなり得ないものである。また、被告は、被告商品の商標は「F1サーカス」であるとも述べているが、雑誌のF1特集中において「F―1サーカス中随一のチームマネジメントとホンダのパワーの威力で常勝を誇ったマクラーレンだが……」といった表現が用いられているところからみると、被告商品の上部に印刷された「F1サーカス」の部分を被告の商標であるというのは事実に反する。

4  商品及び商標の同一又は類似

(一) 原告商標(二)の指定商品は、第二五類の「紙類、文房具類」であるところ、特許庁商標課編の類似商品審査基準によれば、右紙類の四項(加工紙)中に転写紙の例を示しており、被告商品は同様の用法に係る商品であるから、原告商標(二)の指定商品と同一又は類似である。

仮にそうでないとしても、原告商標(三)の指定商品は第二六類の「印刷物(文房具類に属するものを除く。)、書画、彫刻、写真、これらの附属品」であり、被告商品はこのうちの印刷物と同一又は類似である。

(二) 原告商標(二)、(三)は、「Marl-boro」の文字を要部としてなるものである。一方、被告標章も、「Marlboro」の文字を要部としてなるものである。してみると、両者「マールボロー」の称呼を共通にする類似商標である。

5  準占有訴権(予備的請求)

仮に、被告による被告標章の使用が商標としての使用と認められないとしても、

(一) 原告商標(一)は、フィリップ

モリス インコーポレーテッドによって、タバコの商標として昭和三一年に登録されて日本国において永年使用され、その後、この商標に関する営業とともに原告に承継され、その移転登録は昭和六三年五月一六日になされ、今日に至っている。現在、日本国内では、Marlboro商標のタバコを購入しようと思えばどこでも速やかに購入できる程度に普及しているとともに、その商標は周知となっている。また、原告は、F1を初め各種レース用車両のスポンサーとしてレースに参加していることからも、同商標は周知となっている。

(二) 原告は、たばこに対する社会的評価及び嗜好の社会的変化に即応すべく、弁別心を欠く未成年者に無意識の中に原告商標を記憶させることは慎み、喫煙の趣味の自己決定は需要者が成年に達した後に独自の責任ある判断でなすべきものとの企業ポリシーを採択し、この企業ポリシーからみて、被告の行為により若年者の無意識の中に「Marlboro」標章を記憶させられることを有害と考え、被告の行為の差止めを求めるものである。

(三) 右(一)、(二)の点を考慮すると、原告の有する商標権、なかんずく原告商標(二)についての商標権によっても、被告による被告標章の使用を差し止めることが不可能であるとすると、商標権を認めた制度の趣旨から逸脱した結果となることが明らかである。

したがって、本件のように、被告の使用する被告標章の構成が原告商標(一)、(二)の構成と寸分違わないものである場合には、被告は、被告標章の使用によって、原告の原告商標権(一)、(二)についての準占有(民法二〇五条)を侵害するものであり、原告は、準占有訴権により被告標章の使用の差止めを求めることができるというべきである。

6  よって、原告は、被告に対し、主位的に原告商標権(二)、(三)に基づいて、予備的に原告商標権(一)、(二)の準占有権に基づいて、被告標章の使用の差止め及び被告標章の付された被告商品の廃棄を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は知らない。同(二)の事実は認める。

2  請求原因2のうち、原告商標の存在は認めるが、その余の事実は否認する。

本件は印刷物に関する商標権侵害事件であり、タバコを指定商品とする原告商標(一)は無関係である。原告商標(二)、(三)は、商標法三条一項柱書の規定に違反して登録されたものであるから無効である。被告は、特許庁に対し、原告商標(二)、(三)について無効審判請求をし受理されている(平成五年審判第七三〇五号、同第七三〇六号)。

3  請求原因3の事実は否認する。

被告商品の商標は「F1サーカス」である。原告が被告標章と主張するものは、被告商品の模様の一部であり、商品の自他識別標章として機能するものではないから商標ではない。

被告商品の模様には、被告標章のほかHONDA, Shell, GOOD YEAR, BOSS, COURTAULDS, Canon, FIAT, Agip, PIONEERなどの標章も使用されており、原告の考え方によれば、これらがいずれも被告商品の商標として使用されているということになるが、このような主張は商標が自他識別のための標章であるという商標の本質、機能を無視している。

被告商品の模様としては、被告標章のほかに前記のとおりHONDA, Shell等の文字が使用されているのであり、この中から被告標章のみが被告商品の商標として認識されているという取引の実情はない。

なお、被告は、現在〈書証番号略〉のような商品を販売していない。

4  請求原因4(一)は否認する。原告商標(二)の指定商品である紙類が未使用原紙であることは特許庁の確定した分類であるし、文房具類が具として独立して使用する具であることも明らかである。被告商品は、未使用原紙でも独立して使用する具でもないから、紙類、文房具類にはあたらない。被告商品は、単なる印刷物である。

同(二)は否認する。

5  請求原因5は否認する。原告は、昭和六三年に原告商標を譲り受けたものであって、永年世界各国で使用した事実はない。特に、原告商標(一)が使用されている事実はない。タバコの登録商標である原告商標(一)の商標権は、タバコのみにしか及ばず、印刷物に関する係争には無関係である。また、レースカーへの使用のみでは、商品について使用されていない原告商標(二)、(三)が周知となるものではない。

6  請求原因6は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告及びその商標権

弁論の全趣旨及び〈書証番号略〉によれば、原告がアメリカ合衆国バージニア州法人であり、原告商標についての商標権者であること(各商標権の存在の限度では当事者間に争いがない。)、また、原告はタバコ製造販売業者として世界的に知られているほか、自動車レース、レースチーム、ドライバーのスポンサーとしてそれらに関連する各種商品も取り扱っていることが認められる。

被告は、原告商標(二)、(三)は商標法三条柱書に違反して無効であると主張すするが、商標登録は、商標法四六条所定の審判手続により、商標登録を無効とする審決が確定してはじめて無効となるものであるから、右主張は本件訴訟における抗弁としては主張自体失当である。

二被告標章の使用態様

1  弁論の全趣旨及び〈書証番号略〉によれば、以下の事実が認められる。

被告商品は、F1レース用自動車のプラスチックモデルカー愛好者が、実物のレースカーの車体に表示されている企業名、標章、数字等をモデルカー上に再現表示するために使用するシール多数が印刷された長方形のシート状のシール紙を同じ大きさの長方形の台紙に貼ったものである。購入者は、このうち必要な企業名、標章等が印刷されたシールを台紙ごと切り取って台紙をはがし、シールをプラスチックモデルカーの車体に貼付することができる。

被告商品は縦長の長方形の透明な合成樹脂製袋に入れられ、上部が閉じられ、その閉じられた部分のさらに上部が袋の持ち手部分となっている。

包装袋に入った状態での被告商品の表面は別紙図面(一)ないし(三)のとおりである(以下、順次「被告商品(一)」、「被告商品(二)」、「被告商品(三)」という。)。

被告商品(一)ないし(三)について、被告標章の使用されている態様をみると、いずれも、プラスチックモデルカーに貼付するためのシールの図柄として使用されているものである。被告商品(一)においては、台紙の上部三分の一くらいの部分に、被告標章2を印刷したシールが四枚、被告標章1を印刷したシールが一枚、台紙の下部両側には、小さめの被告標章1の右端の図形がないものと左端の図形がないものとが各一枚配置されている。右被告標章1、2等が被告商品の台紙の面積全体に占める割合は約四分の一であり、その他の部分は幾何学模様のシールが半分近くを占めるほか、「HONDA」、「Shell」、「GOOD YEAR」、「BOSS」等の著名な企業名や標章のシールも全体の四分の一近くを占めている。

被告商品(二)においては、台紙の左上部に被告標章3を印刷したシール一四枚のほか、被告標章2の中央部分をやや下方に湾曲させた標章を印刷したシール四枚、被告標章3の塗り潰された図形部分をやや変形させ、文字の中央部分をやや下方に湾曲させた標章を印刷したシールが四枚配置されているが、一枚一枚のシールが小さいため、その台紙の面積に占める割合はその十分の一程度であり、他にも「HON-DA」、「BOSS」、「CANON」、「CA-MEL」、「TOSHIBA」、「FOOT-WORK」等の国内国外の有名企業名やその標章のシールが多数配置されている。

被告商品(三)においては、被告標章3を印刷したシール三枚が中央やや下よりに配置されているが、他にも、「GOOD YEAR」、「FIAT」、「PIO-NEER」等の国内国外の有名企業名やその標章、幾何学模様や27、28の白抜きの数字が配置され、被告標章3が台紙の面積に占める割合は、全体の十分の一以下である。

被告商品を入れた袋の上部の持ち手部分は全体が赤色であり、その中央部に黄色と赤色でピエロの顔が描かれ、その頬の部分には「F-1 CIRCUS」と表示されている。また、ピエロの顔の右側には比較的大きい白抜き文字で「F1サーカス」と表示され、その文字の下には同じく白抜きで小さく「Presented by 5E Co., LTD.」と表示されている。

被告会社の取扱商品の価格表には、プラスチックモデルカー用材料であるボディとエアロパーツ、デカールシール、パワーソース、タイヤ等が「F1サーカス」という共通のシリーズ名で表示されている。

2  以上認定の事実によれば、被告商品には被告標章が使用されているが、それは、実物のF1レース用自動車に表示されている被告標章を、プラスチックモデルカー愛好者が、モデルカー上に再現表示するためのシールの図柄として使用されているものであり、しかも、他の多くの有名企業名や標章等のシールと並列的に配置されているものであって、被告標章のみが特に他の企業名や標章等と異なる取扱いをされているものではないから、被告標章は被告商品の出所を表示し又はその品質を保証する標章、即ち商標として被告商品に使用されているものでないことは明らかである。

前記認定に事実によれば、被告商品の出所を示しているのは、むしろ持ち手部分の「F1サーカス」との標章及び「Presented by 5E Co., LTD.」との記載であると認めるのが相当である。

このことは、被告商品が原告商標(二)の指定商品にあたるか、原告商品(三)の指定商品にあたるかによって結論が左右されるものではない。

よって、被告が被告商品において被告標章を商標として使用しているものとはいえないから、その余の主張について判断するまでもなく、商標権に基づく原告の主位的請求は理由がない。

三準占有訴権に基づく請求について

原告は、原告商標権(一)、(二)についての原告の準占有を、被告が被告標章を使用することにより侵害しているとして、被告標章の使用の差止めを求める。

まず、原告が原告商標権(一)、(二)について準占有しているか否かの判断に先立ち、被告による準占有の妨害の有無について検討するに、商標権の準占有の妨害(侵害)とは、その商標をどのような態様であれ使用する事実をいうものではなく、その商標の指定商品について、商標として使用する事実を指すものである。これを本件についてみると、前記二1認定の被告商品についての被告標章の使用の態様は、紙巻煙草、その他大正十年農商務省令第三十六号一五条の規定による商品類別第四八類に属する商品を指定商品とする原告商標権(一)についての準占有の妨害行為ということができないことは明らかであり、かつ、前記二1、2に認定判断したとおり、被告による被告商品についての被告標章の使用は、商標としての使用とはいえないから、この点からも、被告の行為は原告商標権(一)、(二)についての原告の準占有を妨害するものとは認められない。

したがって、原告主張の準占有の有無及び準占有の妨害にあたるか否かの観点からの被告標章と原告商標との類否について判断するまでもなく、原告の予備的請求は理由がない。

四以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官西田美昭 裁判官宍戸充 裁判官大須賀滋)

別紙

別紙

別紙

別紙商標目録〈省略〉

別紙図面(二)(三)〈省略〉

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